日々にイメージを採取する!


by videoartist
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

表現としての言葉


メルロ・ポンティを引用すれば、言語には二つの機能があります。

一つは、情報を伝達する機能。これがなくては社会的生活をわたしたちは営むことはできません。言語が伝達機能を持つには、そこで用いられる用語の意味が社会的に確定されていなくてはなりません。わたしが言った一語があなたにも同じ意味として受け止められなくれば伝達など成り立たないということです。ただし、わたしが言った一語は、人々の中で何千回何万回と使われて、共通の意味が了解されるようになっていなくてはなりません。これこそが使い古された言葉であり、いわば制度化された言葉でもあるわけです。これを第二次言語とメルロ・ポンティは言います。

第二次があれば、第一次があります。二つ目の機能、つまり第一次言語について彼は、「現れつつ意味を形成する言葉」だと定義します。これは生き生きとした充実感をもった表現をつかみ、真に生きることであるとします。詩人や哲学者は、そういった表現をつかむことができる者のことをいうのでしょう。メルロ・ポンティは、この根源的な体験を言い表す言葉を真正の言葉だともいいます。

ただ、第一次と第二次言語は、話す主体からの考え方です。しかし、話すということにおいては、つまりわたしが声を発することにおいては、他者、つまりあなたがいなくてはなりません。そのあなたを生み出す言葉というものもあるはずです。さらに言えば、あなたが生み出されることによって、わたしも生み出されるといえばよいでしょうか、そういった言葉、つまり語りかけられ、聞く言葉があるはずです。

それは声の言葉、その場に一回性として生まれる言葉だとわたしは考えています。そこでは時として詩という枠には収まらない詩を超えているともいえる語句が飛び出してくるのではないか、とも。使い古された言葉の制度的な縛りを打ち破り、その場限りのその場にいあわせるものだけが共有する言葉として誕生するのです。そして、その誕生によって世界とその人との関係が今までとまったく異なったものとしてある驚きを、その場にいあわせた人たちは体感することになるのです。

その場が「詩のボクシング」であり、新たな詩を生み出せる場であるとわたしはこの今も思っています。




by videoartist | 2013-03-08 12:00 | 2013年度地方大会&全国大会