日々にイメージを採取する!


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声が生まれる



声を出すことと声が生まれることとは違います。

声を出すのは、「わたしの声をあなたに届ける、伝える」ことですが、声が生まれるのは、「誰かに届けるとか、伝えるとかではなく、さらにはわたしやあなたではなく、わたしたちとあなたたちを超えたところで起こっている」ことではないかと思います。

そのことを感じさせてくれたのは、第1回「詩のボクシング」山口大会での予選会で女子高校生が透き通った声で自作朗読を始めて少したった時のことです。突然、声がまるでゴムまりのように跳ねたのです。その跳ね方は激しいものではなく、緩やかな放物線をスローモーションで描いていました。

そのイメージが朗読中に何度か、突然に現れるのです。彼女は意識しているものではなく、吃音症状の一つだといっていましたが、わたしには、その美しい声はまるで天女の声のようにも感じられました。しかし、その時の声とともにあった言葉の意味を理解することはできませんでした。

彼女にその声を活かした朗読をすればいいのでは、と言わたしはいましたが、意識してそうできるわけではない声は、彼女にとっては自分の声でありながら、嫌な声、得体のしれない声であったのでしょう。まるでもう一人の自分がいて声を出しているような、そういった違和感を感じ続けていたのかもしれません。

その後、彼女に会うことはありませんでしたが、その声が耳の奥に住み着いていて、その声にいつでも耳を傾けることができます。

今では、その声とともにあった言葉は聴き取れなかったのではなく、通常の言葉の意味では捉えることのできない、つまりわたしたちの生活の次元を超えたところで詩として存在している言葉ではなかったのか、そう思っています。つまり、わたしたちとあなたがたを超えたところに存在している言葉です。それをわたしは声の詩と呼んでよいと思っています。
by videoartist | 2013-03-12 10:30 | 2013年度地方大会&全国大会