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身体が語り始める


ルートヴィヒ・ビンスワンガーは、「言葉が沈黙すると身体が語りはじめる」といいます。

言葉が沈黙するとは、言葉に表すことのできない状態があるということですが、そういった状態になった時、身体が語り始めるというのです。

相手の言った言葉が受け入れられない時、身体が反応して吐くといったことがあるように、つまりそのように身体が語ることがあります。しかし、そこには言葉だけではなく、相手の態度や振る舞いといった身体が表しているものも関係しています。

わたしはよく、声には身体が張り付いていると言います。声にはそういった質量があるんだと言い換えてもよいでしょう。つまり、声によって、胸にしみる、耳に痛い、背筋がふるえる、腹にこたえるというように身体が反応を起こすことがあります。いや、ほとんどの場合、反応を起こしているのではないでしょうか。

わたしは「詩のボクシング」の場で、人の声によって身体がさまざまに反応をしていることを感じ続けてきました。怒りや攻撃的な声に対しては身体が熱くなるのですが、悲しみの声を多く聞くとさすがに身体にズシンと堪えます。ある大会では、多くの悲しい声を聞き終わって帰ろうとすると身体の体重が何倍も増えて押さえつけられたように腰が上がらなくなったことがありました。

この時、声は身体の表面に触るだけではなく、臓器まで達しているんだなと実感しました。

声の言葉、つまり話し言葉は、話す人の身体が存在している場に関係づけられた言葉です。ところが、文字の言葉はそうではありません。

話し言葉は、話す相手に向かってしゃべるわけですから、相手が上手く理解していないと思えば繰り返す、または補足説明をします。ところが、文字の言葉では、基本的には繰り返しがありません。話し言葉の一回性、不可逆性が消え、無限の可逆性がそこに生まれます。

ただ、声の言葉は、身体が死ぬように死をその瞬間まで感じることができますが、文字の言葉にはそれはできません。なぜなら、文字の言葉は永遠に生き続けようとすることを宿命としているからです。

吉本隆明さんが、80歳を越えて何をしたいかと尋ねられ、声の言葉について突き詰めたいということを言っていました。文字の言葉について深く突き詰めてきた吉本さんにとって、声の言葉の存在が大きくなっていたんだと感慨深くその発言を受け止めました。

わたしは偶然にも、声の言葉についていろいろと考えることになっていますが、毎日が新たな発見とともにあるように感じています。
by videoartist | 2013-03-19 09:00 | 2013年度地方大会&全国大会