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by videoartist
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2010年 12月 28日 ( 1 )

美術という場で


昨日は、3D映像ワークショップの打ち合わせのために中学校を訪ねました。

美術教師の島津さんと横浜美術館の木下さんとわたしの3人で、3D映像が美術の授業にどういった教育的効果をもたらすのかなどについて話しました。

もちろん、教育的効果よりは、好奇心でもってものへの関わり方、見方が変わり、新たな美を見つけ出してもらうことができればそれでよいのですが。

盛り上がったのは、美術の歴史に触れながら3D映像が美術にどんな影響を与えるかについて想像しながら話している時でした。楽しい時間でした。

気が合うという言い方を使えば、国語的よりも美術的な考え方がわたしは合っているようです。

寺山修司さんの歌に

煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし

がありますが、美術教師には、

明日という語は最も何になるのでしょうか。


最近読んだ村上隆さんの『藝術闘争論』(幻冬舎)は、面白かった。脳がリフレッシュしました。彼の考え方ものの見方には、わたしと気が合うところが多々ありました。

その中で「詩のボクシング」にも通じる個所もあります。

「サッカーでもコンサートでも、これは本当に天才的なトリックプレイだと、今日は本当にすごかったという時、人間があるフォーマットの中でプレイする時に出てくる表現域が期待値を超えた時、それは芸術的な表現であると、言うことができると思います。しかし、そういった瞬間を持つものである以上、あらゆるゲームは、芸術として成り立つのかどうかという設問にはYESというしかないのではないか。つまり、あらゆるジャンルにおいて芸術というのは成り立つとぼくは思っています」

また、その本の帯には、「闘いもしないで、闘うぼくのことを嘲っていたい人は嘲っていればいい」とあります。
by videoartist | 2010-12-28 17:00 | 3D(立体)映像