日々にイメージを採取する!


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カテゴリ:「詩のボクシング」( 126 )



先日行われた日米の中・高校生による「詩のボクシング」(ニューヨークと東京をネット中継で結んで行われた)がアメリカ大使館発行のマガジンに掲載されました。

キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使は、最近アメリカ大使館が行ったイベントで最も印象深いものだと語っているとのことです。

そこでこのイベントを継続すべくキャロライン大使が話をしたいということなので、わたしも継続できればと考えているので大使館に伺おうと思っています。

AMERICAN VIEW(アメリカ大使館発行マガジン)

Poetry Boxing 言葉を伝える格闘技

c0191992_62844.gifアメリカ大使館発行マガジン・言葉を伝える格闘技

※その時の模様をYouTubeでもご覧いただけます。ドナルド・キーンさんの感想も興味深いです。


[記事の導入文]

皆さん「詩のボクシング」(Poetry Boxing)って聞いたことありますか?これは2人の朗読者が舞台の上で詩を交互に読み、どちらが観客の心を感動させることができたかを競うものです。日本国内でもさまざまな大会が開催されていますが、5月22日に「東京チーム対ニューヨーク・チーム」という形でのイベントが実現しました。会場にはケネディ大使をはじめ、早朝にもかかわらず多くのポエトリー・ファンが詰め掛け、この2組の対決に胸を躍らせていました。審査員は、日本からミュージシャンのVERBALさん、日本朗読ボクシング協会の楠かつのりさん、そしてアメリカから作家のレニー・ワトソンさんの3名が参加してくださいました。

by videoartist | 2014-07-07 19:30 | 「詩のボクシング」


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c0191992_62844.gifアメリカ大使館アルバム・当日の様子

キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使の企画で行われた日米の中高生による「詩のボクシング」&ポエトリー・スラムが行われました。

審査員:Jason Duchin (Dream Yard 主宰)・楠かつのり(日本朗読ボクシング協会代表)・Verbal (M-Flo)

チーフ・オブザーバー:キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使

日本とニューヨークの生徒たちの自作朗読は聞き応えがありました。

それに会場の観客の雰囲気もとても良かったです。

ドナルド・キーンさんも観戦されており、動きのない固い詩の朗読に対して自作朗読をした生徒たちの表情豊かなパフォーマンスを褒めていました。

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by videoartist | 2014-05-22 18:00 | 「詩のボクシング」

5月22日(木)に日米ポエトリーボクシングプログラムが行われます。英語と日本語による高校生の詩表現の試合をネットを介して行うプログラムです。

[主旨]※抜粋
日本にとって初めての女性の駐日アメリカ大使である、キャロライン・ケネディ大使は、来日以前より、「言葉の力」による青少年の育成、そして表現文化活動を通じた新しい形の異文化・異世代間のコミュニケーションプロジェクトを数々指揮してまいりました。

この度、アメリカ合衆国大使館は、ケネディ大使が慈善活動家として長年携わってこられたニューヨークシティ・ブロンクス地区にて活動をしている NPO Dream Yard と共同で、日米ポエトリーボクシングの同時中継セッションを企画するに至りました。

日本側のサポーターとして長きにわたり日本国内におけるポエトリーボクシングの仕掛け人である楠かつのり様のご協力とご助言を受ける形で、御殿場西高校のご活動を知る事になりました。

日時:2014 年 5 月 22 日(木)0700 集合・0800 開始 (アメリカ東海岸時間 5 月 21 日 1900)

場所:アメリカンセンタージャパン(〒107 – 0052 東京都港区赤坂1-1-14 NOF溜池ビル8階

参加者:御殿場西高校生 5 名・ニューヨークの高校生 5 名

審査員:Jason Duchin (Dream Yard 主宰)・楠かつのり(日本朗読ボクシング協会代表)・Verbal (M-Flo)

チーフ・オブザーバー:キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使

主催:アメリカ合衆国大使館

ルール:朗読ボクシング協会の標準ルールを元に適宜楠氏・Duchin 氏両サイドと協議の上決定
by videoartist | 2014-05-04 12:00 | 「詩のボクシング」

5月24日に行われる選抜式「詩のボクシング」全国大会 in 北海道・湧別町を舞台にした映画を製作することを決定しました。

詳細については、固まり次第、できるだけ早くお知らせします。


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by videoartist | 2014-01-07 22:30 | 「詩のボクシング」

2014年5月24日(土)に北海道・湧別町で開催される選抜式・全国大会への出場者。

出場者16人の内、14人が決定。

ささりん 
宮崎大会チャンピオン、2試合制・選抜式大会チャンピオン、第13回全国大会チャンピオン

倉地久美夫 
福岡大会チャンピオン、第2回全国大会チャンピオン

村上昌子 
長崎大会チャンピオン、第11回全国大会準チャンピオン

小笠原淳 
大阪大会チャンピオン

寺内大輔 
広島大会チャンピオン

木村恵美 
香川大会チャンピオン、第6回全国大会チャンピオン

セリザワケイコ 
千葉大会チャンピオン、第4回全国大会準チャンピオン、国民大会チャンピオン 

高瀬草ノ介 
高知大会チャンピオン

馬場めぐみ 
神奈川大会準チャンピオン、第11回全国大会特別枠選手(第54回短歌研究新人賞受賞)  

大庭れいじ 
青森大会準チャンピオン

岩﨑圭司 
北海道大会チャンピオン

オオタニ
ステージ版「詩のボクシング」チャンピオン

他に全国大会で優勝している選手1名と2014年4月27日に香川県・丸亀市で行われる第10回香川大会でのチャンピオンンの出場が決まっています。

16枠の残り2枠に関しては、北海道内から選出します。※予選会の結果、2名ではなく1名を選出する運びになりました。
by videoartist | 2013-12-27 10:30 | 「詩のボクシング」

声の文化とは


今年の8月に全国高等学校総合文化祭が富山県で開催され、文芸専門部の大会では「詩のボクシング」が行われます。

言葉を伝える、あるいは言葉を使ってコミュニケーションするメディア環境は大きく変化しています。言葉のみならず映像においても同様です。映像ではYouTubeによって個人の映像作品を一般公開することができます。これによって、これまでの映画やテレビといった型を破った映像表現の可能性が開けたわけです。

言葉においてもメディア環境は大きく変化しています。その変化の中で高校の文芸部での発表の方法は旧態依然として変わっていません。なぜ、ネットでの発表とリンクさせることができないのか、わたしは疑問に感じています。

文芸という場においてもこれまでのシステムを壊し、新たなシステムをつくることが求められているのではないでしょうか。

そこは指導教員の力量によるということもあるのでしょう。であるならば、いっそのこと高校生に任せてしまえば、発表の方法もかなりおもしろくなるのではないか、頑なに変化しないことをよしとするのではなく、変化もよしとする考えを持つこともあってよいと思います。

c0191992_62844.gif詩は声の文化から生まれた


「詩のボクシング」の場では、朗読者は常に聴き手がいることを意識しています。ところが、現代詩を書いている人は、詩表現は読者がいなくても成り立つという考え方をしているように見受けられます。そして読者がいなくてもよいことを肯定するためにいろいろ理屈を書きますが、肝心なところを避け、読まれないことの言い訳をしているようです。

ところが、メディアの中では表現ジャンルとしては存在できているので、読者がいなくても取り上げられます。しかし、そこには大きな落とし穴があるのです。また、取り上げる側には、詩を取り上げることに対して活字メディアの遺制的意図が強く働いているようにも見受けられます。

その意図とは何かをこのブログで解き明かして行きましょう。
by videoartist | 2012-02-19 10:30 | 「詩のボクシング」

「詩のボクシング」の場で表現されるものは、自分の身体で感じられるすべてのものといってよいと思います。

前回(1月28日)のブログで紹介しているTOKYO FMの番組の中で朗読ボクサーたちが話しているように、作品の参考になるものが先達の詩人の作品ではなく、三谷幸喜や野田秀樹といった人たちでもよいのです。

もちろん、奈良美智でも村上隆の作品であってもよいし、AKB48やEXILEの歌でもよいのです。

むしろ、そのように参考にするものが詩でなくてもよいのが、「詩のボクシング」なのです。

「詩の」とあるからといって、だれそれという詩人の影響を受けたとか、そういったことが価値を持つ場ではありません。だから誤解もされたりするのでしょうが、その誤解にどれほどの意味があるというのでしょうか。

「詩のボクシング」は「詩」をこの世界において最も遠いところに連れ出すものだと思ってもらえればよいのです。

いわゆる詩であるから駄目だといっているのではないのですよ。そこは誤解のないように。

今年の各地の大会では、どんな朗読ボクサーが現れてくるのでしょうか。わたしは、これまでになく「詩」を遠くに連れ出してくれる朗読ボクサーの登場を期待しています。
by videoartist | 2012-02-02 19:30 | 「詩のボクシング」

「詩のボクシング」は、声の言葉の場です。

声の言葉の場であるということには、主に以下のことを考えなくてはなりません。

1.声を発するには聴き手が必要だということ。

2.声を発するには[時間の流れを成り立たせる]空間が必要だということ。

声の言葉は、文字の言葉とは違い、表現する、あるいは表現を享受することにおいて身体全身の感覚を総動員しなくてはなりません。

言葉の意味やリズムだけではなく、声の高低や強弱、スピード、間といったことまで関わってくることを考えれば理解してもらえるのではないでしょうか。

また、声には、その声を響かせるための[時間の流れを成り立たせる]空間が必要です。文字の言葉が、それを書き表せるもの、つまり紙が必要なのと同じです。

ただ、「詩のボクシング」では書いた文字から声を立ち上がらせる、つまり文字を空間化させなくてはなりません。それはあたかも文字を立体化して空間展示するインスタレーション作品だとも言えるでしょう。その意味では、朗読ボクサーは現代美術作家と同じくアーティストなのです。

その空間を朗読ボクサーたちは、少し軽く考えているところがあります。

予選会でもよく言っているのですが、自分の部屋で練習する空間と予選会場の空間は違い、さらに本大会の空間も違うのです。

そのことの意味するのは、空間によって声の発し方も違ってくるんだよということです。空間の大小のみならず、その空間の造り、雰囲気、さらにはその場に来ている聴き手の層によっても違ってきます。

今回の全国大会でのなぎら健壱選手の自作朗読には、フォークシンガーとしてさまざまな空間で行ってきたライブ経験の豊富さが感じられました。空間を自分のものにしていました。そのことが判定結果にも少なからず反映されていたと思います。

一方、地方大会の空間でチャンピオンになれたのに全国大会の空間では上手く表現できなかったということがよくあります。そこにも朗読ボクサーが空間をどのように捉えているかが反映されています。

ただし、ライブ経験があればあるほどよいということでは必ずしもありません。ここでは、そういったこともあるよと頭の片隅に置いておいてもらえればよいと思います。


現在、全国大会の記録集の作成を進めていますが、文字で読んでみると朗読がまた違った姿を現すと感じています。面白いか、面白くないか、そのどちらかと言えば面白い。ただし、その場を体験している者にとってはより興味深く面白い、と言った方がよいのかもしれません。

全国大会に出場した感想も出場者全員から寄せてもらっていますが、出場者個々にそれぞれに闘いを終えた思いがあるようです。


なぎらさんに負けたことは納得がいき、すがすがしい思いでした。

ですが、団体戦終了後に、なぎらさんが「直前に原稿にエンピツで縦線引いて直してくるなんて、お前たちの推敲はそんなものか」と言いました。
この言葉に、どうしても反論を言いたかったのです。

そもそも、推敲という言葉は故事成語。
漢詩を作っているときに推、敲どちらの字を使うか悩み、ぶつかってしまった貴人に敲の字が良いと言われ、そうしたという話。

要するに、悩んだ末に外部からの提案や外部からの刺激によって考えを変え、言葉を変えてしまうことは何も悪くはないはずと思うのです。

私は、詩を本番ギリギリまで直す上に、作った詩を読む練習をほとんどしません。
時には舞台に立ってから思いついた言葉を盛り込んだりもしてしまいます。

もちろん、作品の言葉を前もって何度も何度も考え直すことは必要ですが、本番当日に大会会場で、今まで見たことない空間や人々に直面し考えに変化が生じることもあるでしょう。

自分が声に出すその瞬間まで、作品を作るための時間は継続している。これも「詩のボクシング」の一つの魅力なのではないか…と、誰よりも直前に直している自分は反論したかったのです。



「詩のボクシング」をやり始めて、こういう問いかけが多かったです。
「詩を書き始めたきっかけは~」、「あなたにとって詩は~」・・・。

正直、僕は詩人ではありません。
しかし、「詩のボクシング」なので、詩的なものを作ろうとした時期がありました。

でも、そこでいつも思うのです。詩的ってなんだろう・・・なんでそこにしばられるんだろう・・・どうして詩的じゃなきゃいけないんだろう・・・そもそも、詩的って、なんだろう。

詩人と呼ばれる(自称している)人たちが、あーでもない、こーでもないと言って、去っていく。そういう場面が何度となくありました。

これは詩じゃない。あれは詩だ。うーん、詩ってそういうものなのかな。

じゃあ、「詩のボクシング」は「詩の」だから、詩人だけがエントリーできるのかな。確かに、過去のチャンピオンは詩人だぞという雰囲気を出している人もいました・・・いや、彼らは本当に詩人なのか?

今回の全国大会、自分の中で、一つの確信を持ってリングに上がりました。
それは、「僕は詩人じゃない」ということです。

一時期、先ほど書いたような迷いがあって、本当に悩んだ時期がありました。
ずっと迷っていました。詩人か詩人じゃないか、これは詩なのかはたまた否か。
しかし今、そんなことは、実は大したことではないと思えます。

気がついたんです。
僕の中で「これは詩だ」と感じさせるものに、その人の気持ちが、その人自身が表れている言葉、それが詩だと。

形は色々あるだろう。でもあのリングに上がってくる人たちの思いは一つだ。
自分自身を言葉でぶつけてくる。僕がそういう気持ちで臨めばそれでいい。
自分を詩人と決めつけなくていい。そんなのは窮屈だ。
だから、僕は詩人じゃない。詩人じゃなくて、いい。


by videoartist | 2011-12-26 17:00 | 「詩のボクシング」

懐かしい写真が出てきました。

現在行っている団体戦の起源ともなるダッグマッチの写真です。2000年9月17日に行われました。ダッグを組んだ2人が、制限時間内であればタッチ交代して自作朗読できる試合。8ラウンド制でした。つまり、交互に8回朗読し、ジャッジがそれぞれのラウンドに点数を付け、その合計点で勝敗を決めていました。

リング中央で朗読しているのは、昨年亡くなった立松和平選手。

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青コーナー:巻上公一+楠かつのりvs.赤コーナー:立松和平+福島泰樹

こういった2対2のダッグマッチという試合形式もあってよいと思います。

この写真を見ながら、「詩のボクシング」15年の歴史の中で自作朗読の表現としての自立の可能性を模索した数多くの試みを思い出していました。


来年の9月8日(土)に宮城県気仙沼市で再び気仙沼大会を行うことが決まりました。

今年行われた大会で地元の実行委員会の方たちが、人の声を聴くことで心の復興になると実感してもらえた結果だと思います。

被災地は厳しい状況に変わりはありませんが、1年後の気仙沼からどのような声を聴くことができるのでしょうか。わたしは、発せられる声から復興に向かっている力強さが感じられることを何よりも願っています。

気仙沼の皆さんに再会できることを楽しみにしています。


今年6月に横浜で開催した[前期]全国大会についてのお知らせです。

来年も引き続き行うことにしていましたが、地方大会の開催日程から来年は開催ができないかもしれません。

地方大会の日程は、5月中旬から、6月、7月、8月、9月上旬までの週末がほとんど埋まってしまっています。

もちろん、日程に変更が生じることもあるので開催できないと決定したわけではありません。

ところで、[前期]全国大会でチャンピオンになった高校3年生の佐藤萌里選手が、早稲田大学教育学部に進学することが決ったと報告がありました。

AO入試での合格ですが、「詩のボクシング」での活躍を高く評価してもらっての合格だということです。

今年10月に開催された第11回全国大会で準チャンピオンになった村上昌子選手の大学合格も「詩のボクシング」での活躍が評価されたからだと言っていました。このように大学受験に「詩のボクシング」が役に立っていることを嬉しく思っています。

教育現場では、コミュニケーション能力を高めるのに有効であるとされている「詩のボクシング」です。そういったこともあって、コミュニケーション能力の高い学生を入れたいとする大学側の思いと合致しているのでしょう。

自分の言葉を声にして他者に伝えるコミュニケーション能力は、外国語ができるできないに関わらず、日本人が国内外で生きていくために必要とされています。

来年8月には全国高総文祭が富山県で開催されます。そこでの「詩のボクシング」も、参加した高校生に自分の未来をしっかり切り開く上で役立ててもらえることになるでしょう。
by videoartist | 2011-12-20 08:30 | 「詩のボクシング」

大修館書店から発行されている教育雑誌『体育科教育』の口絵に「詩のボクシング」が取り上げられます。

編集者の方から、教育雑誌『体育科教育』の口絵で、「詩のボクシング」の全国大会の様子を紹介させていただきたいとの連絡がありました。


月刊『体育科教育』の概要
体育・スポーツの専門月刊誌。小・中・高・大学の体育指導者や専攻学生を主対象に、体育・スポーツの諸問題を教育的視点から幅広く特集形式で編集します。学校現場の課題解決に、情報入手に、よい授業実践に、教材開発や授業研究に、幅広く必要な情報をお届けします。1953年に創刊し、58周年を迎えました。

特集「スポーツ文化の芽と目と眼」の趣旨
こんにちのスポーツは、文化的・社会的に見てその重要性が認められつつあります。また、政治・経済・教育とも深い関わりを持っていることが知られています。このようなスポーツをどのように捉えて理解していくのか、といった視点から眺め、文化事象としてのスポーツの教養を読者に提供することを企図します。



これまで数多くの教育雑誌にも「詩のボクシング」は紹介されていますが、体育科教育の雑誌でスポーツとして取り上げてもらうのは初めてです。

これを機に「詩のボクシング」での朗読はスポーツであると認めてもらい、朗読の新たな可能性を追求してもらいたいものです。

スポーツ選手には声の言葉を交わしてコミュニケーションする能力が求められるとして、そういった教育を取り入れることもすでに行われています。

わたしは、「詩のボクシング」を「声と言葉のスポーツ」と言ってきています。さらには、朗読によってスポーツ能力を高めることができると考えており、そのことをスポーツ選手とともに実証できればと考えてもいます。
by videoartist | 2011-12-12 22:00 | 「詩のボクシング」