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10月16日行われた第10回「詩のボクシング」個人戦・全国大会と第2回「声と言葉のボクシング」団体戦・全国大会を終えて出場した朗読ボクサーにコメントを書いてもらうことにしました。
by videoartist | 2010-10-23 17:00 | 第10回個人戦・全国大会2010 | Comments(24)

第10回「詩のボクシング」個人戦・全国大会及び第2回「声と言葉のボクシング」団体戦・全国大会が終わりました。

そして、下記の通りの結果になりました。

速報としてお知らせします。

第10回「詩のボクシング」個人戦・全国大会

チャンピオン

くんじろ選手(第5回三重大会代表)

[ 闘いを終えて] :くんじろう

 私はもう十年以上川柳を作り続けている。しかし、詩とか「詩のボクシング」とは無縁であった。川柳は俳句、短歌とともに短詩文芸とされているので、詩というジャンルの仲間だと言えなくもないが、自分が文芸をしているという意識もなかったし、まさか「詩のボクシング」に参加するなどということも思いもつかなかったことだった。

「兄ちゃんが盗んだ僕も手伝った」

 これは川柳である。この川柳に尾ひれをつけて3分の詩に仕立て上げた。幼い頃、兄ちゃんと水瓜泥棒をしたときの記憶をそのまま思い起こして。

「その辺の石になろうと決めた石」

 これもまた川柳である。無名の石、路傍の石に自分の思いを寄せて肩に力の入らない生き方をしたいと五七五で詠んだものである。「素うどん」に登場する姉ちゃんは「兄ちゃんが盗んだ」の続編である。

 私は全編を徹底して五七五のリズムで朗読した。それが日本語を音にしたときに一番美しいリズムだと思うから。そのせいか皆さんが発表された現代詩は、私とは違ってとても文学的で新鮮に感じた。いうなれば、皆さんがシェイクスピアで私のは村芝居である。その村芝居がチャンピオンになってしまったのである。最後の即興はNHKさんが取材に入っていたが、そのまま放送出来るのであろうか。テーマがテーマだけに多少心配をしている。

 終わってみれば、リングの上で一生分の汗をかいてしまったのではないかと思う程汗だくになっていた。今年60歳を迎えて、こんな素晴らしい汗をかかせてくれた「詩のボクシング」のリング、対戦者に感謝。この詩を書かせてくれた兄と姉に感謝。そして三重、京都、大阪から、また在京の友人たちからのあたたかい応援にも感謝。最後に愚直にまで「詩のボクシング」を命がけで主宰されている楠かつのり氏に感謝である。

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c0191992_62844.gifくんじろう選手について


準チャンピオン

大窪純子選手(第9回兵庫大会代表)

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c0191992_62844.gif大窪純子選手について


第2回「声と言葉のボクシング」団体戦・全国大会

チャンピオン・チーム (香川チーム)

111

c0191992_62844.gifチーム「111」について

準チャンピオン・チーム

アンチ・テーゼ(北海道チーム)

c0191992_62844.gifチーム「アンチ・テーゼ」について



2つの全国大会を振り返って 楠かつのり

 「詩のボクシング」の場は、人を味わい人を知る場です。
 老いも若きも集まって声を合わせる場は、やはり自作朗読するこの場にしかないと改めて感じさせてもらいました。

 バーチャルな言葉を求める人(意識的にせよ無意識的にせよ情報的な言葉、あるいは情報化されることを意図した言葉を求める人)には、その期待を裏切るように、全国大会の場には(バーチャルでは完結することのない)生身の人がいました。自分を幾重にも「裸」にできる人がいたのです。そして、その裸になれることがリング上の朗読ボクサーたちの言葉を担保しているです。

 個人戦チャンピオンになったくんじろう選手、準チャンピオンになった大窪純子選手の朗読からそのことは感じ取ってもらえたのではないでしょうか。

 二人は、その人にしか持ち得ない、しかし独りよがりでは決してない言葉を声にしていました。

 もちろん、他の選手に同じことを感じられた方も多くいたと思います。

 その一方で、人の存在を感じさせるリアルな言葉に耳を傾けることなく、より大きな力をもった言葉へのあこがれ、それを希求する人たちがいます。実際にそういった過剰な意識を持て余した人たちは、そうではない(あるいは何のカテゴリーにも嵌らない)人を見下します。さらに見下したものを情報化するために、自己正当性をねつ造した言葉で塗り固めて行きます。そのことがネット上(もちろん、ネット上に限ったことではありませんが)で頻繁に行われています。

 そういった状況を踏まえ、こうやって全国大会が終わると、人を味わい知る「詩のボクシング」のようなリアルな場がなくなることに恐れを感じるようになりました。つまり、人の声と言葉をなおざりにして、より情報化された言葉を求めることに突き進むことを危惧しているのです。今日の世界情況を見渡してみると、その危惧感がさらに強まります。


by videoartist | 2010-10-16 23:30 | 第10回個人戦・全国大会2010

年に一度の全国大会の日が明日になりました。

ジャッジの1人のなぎら健壱さんが、週刊文春(10/14に発売)のこの人のスケジュールで「詩のボクシング」全国大会のことを語ってくれています。

この日に至るまで各地の主催者をはじめ運営に協力していただいた方々に心から感謝します。

明日になれば分かることですが、未発表になっている2人のジャッジついて紹介しておきましょう。

今回で10回目となる「詩のボクシング」全国大会を記念して、「詩のボクシング」を長く観戦していただいているグループから2人を選びジャッジを担当していただくことにしました。ちなみに、地方大会では観客席からジャッジを選出することはすでに行われておりますが、全国大会では初めてのことです。
    
1人は、あの「詩のボクシング」黎明期の殿堂バリオ・ホールでのプロの詩人の対戦から観戦していただいている文芸同人誌のグループ、そのグループを代表して市川ひろ子さん(60代)にジャッジを引き受けていただきました。
    
そしてもう1人は、大学3年生の深井はるかさん(20代)です。深井さんが所属する獨協大学外国語学部ドイツ語学科の矢羽々崇ゼミでは、矢羽々さんがこの4年間、ゼミ生を引き連れて「詩のボクシング」全国大会の観戦に来てくれています。今回はゼミ内で話し合った結果、「詩のボクシング」に最も造詣の深い深井さんがジャッジに選ばれたと聞いています。

2人はすでに観戦チケットを購入されています。その中から選ばせていただきました。もちろん、2人とも個人戦及び団体戦の出場者に知り合いはいません。


明日の東京(大手町)の天気予報は晴れ。

これまでにない声と言葉に出会える1日になることでしょう。
by videoartist | 2010-10-15 19:30 | 第10回個人戦・全国大会2010

今回の団体戦・全国大会に出場する「筑波のサザエさん」は、3人合わせて45歳という団体戦・最年少チームです。

団体戦出場の条件は、3人合わせて45歳になっていることですから、条件ギリギリの年齢(つまり3人平均で1人15歳以上が年齢条件。ちなみに、個人戦では参加年齢条件が15歳以上)です。

一方、最年長チームは、「則天去私」。3人の年齢を合わせると239歳です。2つのチームの差は、200歳といってもよいでしょう。

「筑波のサザエさん」チームは、「個人戦の経験があるのですが、団体戦は初めてなので不安はあります。でも、頑張ります」と秘めた闘志を燃やしていました。

中学3年生の齋藤貴仁(15歳)、小学3年生の湯浅絵里(9歳)、慶応大学2年生の佐藤紗也佳(21歳)の3選手です。ちなみに、佐藤選手は、「詩のボクシング」黎明期の殿堂であるバリオ・ホールで行った第1回全国大会のジャッジ席にいた小学5年生です。

  筑波のサザエさん
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今回の2つの全国大会にも多くのメディアが取材にやって来ます。

こうやって毎年強い関心を持ってもらえることは嬉しいことです。

もうすぐ前売チケットの発売も終わります。

しかし、これが終わると来年に向けて動き始めるのです。

来年は高知大会が復活します。

岡山からも全国大会出場者が出せそうです。

来年も特別枠を設けます。

ところで、姫路市の姫路文学館が主催して行っている兵庫大会は、来年で第10回目を迎えます。地方大会では、最も長く続いている大会です。10年続けるということは、それだけですごいことです。一時代を作り上げたといっても言い過ぎではないでしょう。

来年の兵庫大会に大いに期待してください。

実は神戸新聞社から10回の節目ということで「詩のボクシング」についての連載依頼が来ました。

兵庫大会の開催前後に掲載してもらえるということです。
by videoartist | 2010-10-10 20:00 | 第2回団体戦・全国大会2010

c0191992_62844.gifPDF形式・2010年全国大会プログラム表

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c0191992_62844.gifPDF形式・2010年全国大会プログラム裏

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声は人をあらわす 楠かつのり

 朗読会では、名作など既成の作品を朗読することが多いようです。もちろん、そうやって名作を声に出して味わうことはよいのですが、わたしは自作朗読にこだわっています。

 例えば読書することでいろいろな言葉を吸収したとしても、最終的には自分の言葉を声にして表現し、その結果人に伝わる声と言葉を知ることが大切だと考えているからです。

 また、「詩のボクシング」では、楽器や鳴り物は使えません。許されているのは、肉声のみの表現です。他の朗読会などでは名曲をBGMに使いますが、それはややもすると朗読している肉声が音楽の雰囲気にのみ込まれてしまいます。そのことを避けるために肉声のみとしています。

 わたしは毎年、およそ千人以上の自作朗読者の声を聞いていますが、人の声というのは、その人の心身の状態から性格、生きてきた言語環境や物事の感じ方まですべてを表していると感じています。

 「詩のボクシング」の参加者は、10代~30代が多いのですが、70代、80代の方も参加されます。70代、80代の方は、いったん声に出すと決めたらものすごい迫力で覚悟もすわっています。そういった真摯な声を聞くと、若い人たちは「すごいな」と感じます。一方、年配の方は、若い人たちの声を聞いて「ああ、そうなのか」と考えさせられたりすると言っています。つまり、声の言葉で年齢を超えたコミュニケーションをしているのです。

 会場にも子どもから年配の方まで実に幅広い年齢の人たちが観戦に来てくれます。このことは、今の日本では非常に珍しいことではないでしょうか。

 今後も自分の言葉を声にする自作朗読の場を楽しんでもらえる活動を続けていきたいと思っています。


by videoartist | 2010-10-07 09:30 | 第10回個人戦・全国大会2010

10月16日の2つの全国大会のジャッジは7人です。

すでに5人のジャッジを発表していますが、あと2人は一般の方から選びました。

当日の会場でお披露目です。

楽しみにしていてください。

この初となる2つの全国大会を連続して行う前売チケット購入期限まで1週間となりました。

お急ぎください。



感じた瞬間にポエジー(詩)はある 楠かつのり

 詩というと、小、中学校で習った教科書にあった詩の姿を思い浮かべるでしょう。しかし、そういった詩だけではなく、わたしは「日常のハッとした瞬間にポエジー(詩情)は宿っていて、そこに本来の詩がある」とよく言っています。

 夕日を見て「ああ、きれいだなぁ」と感じたその瞬間にもポエジーがあります。それは、文字で書き表されなくてはならないというものではありません。その瞬間に感じたことを、例えば声の言葉で表してもいいのです。そして、その声の言葉を他者に伝えることができれば、そこに表現としての声の詩が生まれるのです。

 もちろん、それは写真であってもいい。写真を見て、「なんて綺麗な夕日なんだろう」と心に染み入るように感じられたのであれば、そこにもポエジーがあるのです。そして、そのように感じたのであれば、その写真も詩だと言えるわけです。つまり、感じたままのポエジーを逃さないように含み込んで表現できたものであれば、その表現媒体が何であっても、それは詩になり得るのです。

 現代詩には比喩を多用し、難解さが強調されたものがあります。それは文字を使った詩だからそうすることもできるのですが、声で表現するとなるとやはり分かり易さが求められます。しかし、分かりやすいから詩ではないということはないのです。「詩のボクシング」には、文字の詩とは違う声でしか生み出せないポエジーがあり、もしそれを聴き手に感じてもらえるように表現だきたのなら、そこに新しい詩の姿も見えてくるとわたしは考えているのです。そして、実際に「詩のボクシング」の場でいくつかの新しい詩にも出会っています。


by videoartist | 2010-10-04 23:00 | 第10回個人戦・全国大会2010

10月16日の2つの全国大会のジャッジを担当していただく面々です。

「詩のボクシング」ならではの多彩なジャッジが、どのような判定を下すのでしょうか。
また、どのようなコメントがもらえるのでしょうか。

楽しみにしていてください。

なぎら健壱c0191992_710147.jpg


1970年、岐阜の中津川で開かれた全日本フォークジャンボリーに「怪盗ゴールデンバットの唄」で飛び入り出演したことがきっかけとなり、デビュー。1972年ファーストアルバム「万年床」をリリース。

現在はコンサート、ライブ活動の他、独特のキャラクターでテレビ、ラジオ、映画、ドラマ等の出演や、雑誌の執筆等で活躍。

著書に「下町小僧」「東京酒場漂流記」「日本フォーク私的大全」「東京の江戸を遊ぶ」「ぼくらは下町探検隊」「酒にまじわれば」「なぜ犬はポチなのか」「絶滅食堂で逢いましょう」「なぎら健壱の相談底なし沼」長編小説「歌い屋たち」写真集「東京のこっちがわ」「町のうしろ姿」などがある。

1977年「嗚呼!花の応援団」で日本映画大賞助演男優賞受賞。
2009年 第25回浅草芸能大賞奨励賞受賞。
たいとう観光大使、自転車Do!会長、自転車活用推進研究会理事。

ライフワークとして毎月最終土曜日の東京・吉祥寺マンダラ2のライブコンサートは既に25年以上も続けている。


米良美一c0191992_7202224.jpg


宮崎駿監督作品 「もののけ姫」で一世を風靡し、その類まれな美声と音楽性で欧米でも高く評価されている。また、テレビ・ラジオにも多数出演し、親しみやすい人柄と個性豊かな語り口は、世代を越えて人気を集めている。

1994年、洗足学園音楽大学卒業。第8回古楽コンクール最高位(1位なし2位)受賞。同年、バッハ・コレギウム・ジャパン定期公演の教会カンタータでデビュー。1995年第6回奏楽堂日本歌曲コンクール第3位入賞。1996年よりオランダ政府給費留学生としてアムステルダム音楽院に留学。コンサートでは、ソプラノのエディタ・グルベローヴァやカウンターテナーのヨッヘン・コヴァルスキーなどの世界的名歌手とヨーロッパ各地及び日本でデュオ・コンサートを行い、大喝采を浴びた。CD録音も多数あり、スウェーデンのBISレーベルより全世界で発売され話題となっている。

2005年8月、ドイツの「シュレースヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭」より招待され、ソロリサイタルを行い大好評を博した。同年9月“ヨイトマケの唄”が収録されているCD「ノスタルジア」がキングレコードよりリリースされた。

2007年7月、大和書房から自叙伝「天使の声~生きながら生まれ変わる」を出版し、これまでの人生から得た経験をもとに、全国で講演会も精力的に行っている。

2009年4月、5月東京・大阪にて、宮本亜門演出「音楽劇・三文オペラ」に演劇初出演を果たし、モリタート歌手、女王役及び狂言回しの多彩な役柄を演じ大絶賛を博した。

第12回日本ゴールドディスク大賞、第21回日本アカデミー賞協会特別賞として主題歌賞をそれぞれ受賞。   


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漫画家・コメンテーター。

1981年に漫画『がんばれエガワ君』で漫画家としてデビュー。
1996年に文藝春秋漫画賞を受賞。

数多くの作品を出版する一方で、テレビ朝日系情報番組『やじうまプラス』、同局情報番組『スーパーモーニング』などにコメンテーターとして出演。『日本昆虫協会』の理事も務めるなど、多方面で活躍している。

好角家としても有名でNHK大相撲中継のゲスト出演も。世界のトイレットペーパーや有名人のタバコの吸殻など珍品コレクターとしても知られる。

●現在の連載
朝日新聞、週刊ポスト、SPA!、日刊スポーツ、ダカーポ、夕刊フジ、
週刊ベースボール、相撲、TelePAL、月刊ベイスターズ

テレビ朝日系「やじうまワイド」レギュラー出演中
日本テレビ系「ザ・ワイド」レギュラー出演中


森まゆみ


作家、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』の編集人。

著書に『「即興詩人」のイタリア』(講談社、第12回JTB紀行文学大賞)、『鴎外の坂』(新潮文庫、平成9年度芸術選奨文部大臣新人賞)など。

2010年、日本相撲協会の独立委員会のメンバーになる。


町田忍

庶民文化探究家。庶民文化研究所長。

各種パッケージ等の収集は小学校時代から継続中。チョコレート、納豆ラベルは二千枚を越える。

主な著書に「戦時広告図鑑」(WAVE出版)、「納豆大全」(小学館)など。

また、共著に「入浴はだかの風俗史」(講談社)「風呂屋の富士山」(ファラオ企画)、「ザ・ジュース大図鑑」(扶桑社)などがある
by videoartist | 2010-10-02 08:30 | 第10回個人戦・全国大会2010

10月になりました。

この時期になるとわたしも準備で大忙しです。これはもう無理かもと思うことも多々ありますが、年に一度しかない大会を楽しみにして会場に足を運んでいただく観客がいることを思うと、今度だけはやり切ろうとう気持ちになります。その繰り返しで10数年やって来たようにも思います。

昨日は岩手県の盛岡から観戦チケットを購入された方から電話がありました。その方は「『詩のボクシング』が面白くて好きでしたが、その番組放送がないので、今回は友人と東京まで観に行くことにしました。初めてですが楽しみにしています」とおっしゃっていました。

全国大会出場の朗読ボクサーたちに、当日の全国大会の会場にはそういった人たちが多くいることを身体で感じながら声と言葉を発してもらいたい。なぜなら、人は聴いてくれる人がいるから自分の言葉を声に伝えようとする気持ちが生まれるからです。そして、聴いてくれる人が聴くことに真剣であればあるほど伝えようとする気持ちも強くなります。「詩のボクシング」は、そういった場なのです。

全国大会のチケットは現在発売中ですが、前売の購入期限は10月12日までとなっています。

お早目にお求めください。

c0191992_62844.gif全国大会・フライヤー裏・チケット購入方法や会場へのアクセスなど



負けることで見えてくるもの 楠かつのり

 「詩のボクシング」では、判定が出て勝ち負けが決まりますが、必ずジャッジに感想を述べてもらいます。実は、ここが一番大切です。感想を述べてもらうことで、朗読した人は、良い点も悪い点も含めて「ああ、そうか」と気づかされることになります。同じ場にいた人たちがそこで発せられた声と言葉を共有するわけですから、「ああいう言い方は心に届く」とか「ああいう言い方では届かない」ということが共通認識されることになります。もちろん、単に勝った負けたではなく、その共通認識が、朗読者の表現内容のみならず表現意識をも変えるきっかけになるのです。

 ところで、ジャッジはそれぞれ赤か青の札を挙げて判定結果を示しますが、どちらにも良いところ悪いところがあり、迷いながら札を示しているのです。これは、ジャッジをやってみるとよく分かるのですが、「負けたからダメだ」「勝ったからいい」ということでは決してありません。

また、例えば7人のジャッジがいて、判定の結果5対2で負けたとして、7人中2人は届いたと示しているのに、完全否定されたように感じる人がいます。それは勝ち負けでしか物事を見ていないからです。あるいは、「あんなジャッジ、何もわかってない」とジャッジのせいにする人もいます。そういったことでは、人の心を打つ声の言葉を生み出すことはできないでしょう。

 むしろ、負けたほうがいろいろなものを吸収することができるのです。勝ち負けを越えられるのは、そういった内省力のある人です。「詩のボクシング」には、何回も挑戦する人もいますし、数年経ってから自分の成長を確かめるように再挑戦する人もいます。


by videoartist | 2010-10-01 10:00 | 「詩のボクシング」