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2012年を振り返って


今年を振り返ると「詩のボクシング」では、社会問題をテーマに声の言葉にどれだけの力があるのかを試みるステージ版を行ったことが収穫として挙げられます。

ステージ版においても聴き手全員がジャッジになります。つまり、聴き手との対話力が求められるのです。そこに新たな表現の可能性も宿っています。その可能性の一つにステージ版は成り得るのだと感じました。

c0191992_62844.gifステージ版「詩のボクシング」


また、先日衆議院選挙が行われましたが、その最中に読売新聞・大阪本社から「政治家の言葉」というテーマで取材を受けました。12月11日の新聞に掲載されました。以下は、その抜粋です。


演説 3分間でジャッジ

言葉で戦う「詩のボクシング」では、自分の言葉を発するわけです。そのためには、人の話をちゃんと聞けているかどうかが大きいですね。人の話を聞いて、自分の心に深く届いた言葉をたくさん持っていないと。聞き上手でないと。

どうしようもないのもある。自分の好き勝手な主義主張を言って。どこか紋切り型で。観客がジャッジするんです。観客はプロの聞き手ではないですが、意外と鋭いんですよ。観客をバカにして話すと見透かされてしまう。

政治家もそこをきちんとやらないと。一般のきちんと生活している人に届く言葉を持たないといけない。有権者の所を歩いて、声を聞いて。それが最低限必要なことだな。やはり言葉がころころ変わるのは、全然ダメですよね。それから、自分を批判してくれる声にどれだけ耳を傾けるか。

その人の生きてきた年月とか、価値観みたいなもの。人柄が出てくる。具体的なことを言って、そこに共感できるかどうかであって、抽象的ではダメですよね。

例えば「いじめはけしからん」というのは分かっている。紋切り型で「いじめのない社会」と言われても、そらそうでしょうとなってしまう。いじめを巡る、何かの経験があるなら、それをどう消化して乗り越えたのか。葛藤してるっていうか、その先に生まれる言葉は、一番信用できる。

街頭演説をちょっと聞いてみたらいいんじゃないですか。3分間聞いて、ダメだなと思ったらもういい。心を無にして聞く。響くものがあれば、投票の判断材料となります。

最終的に投票に行った時にどこに決めるかとなると、本当に「詩のボクシング」のジャッジ判定に似ているところがある。その時に何が残るかってことですよね。



そして、阿川佐和子さんの「聞く力」が、今年もっとも売れた本として取り上げられています。

「詩のボクシング」を始めた時から、わたしも「詩のボクシング」では話す力よりも聞く力が必要だと言ってきているので、嬉しい限りです。

その阿川さんと話している本があります。その本のことを紹介した内容を以下に引用します。

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「過去のことをいくら学んでも(わたしたちが生きるために)出て行くのは未来なのです」、これは最近のわたしがよく口にしている言葉です。

そこには、「身体的な言葉こそが未来を切り開けるのだ」という確信があります。

身体的に獲得された言葉は、声の言葉となってその姿を現わします。ところが、その姿を知覚するのは容易ではありません。自分一人では不可能です。他者が必要となるのです。

つまり、その姿を知覚するためには、自らが声の言葉を発他者の声の言葉を聴ける場がなくてはなりません。その場に、わたしたちが未来へと出て行ける出口も見つかる、そうわたしは思っています。

その思いを支えとして書いた本も何冊かあります。そして、そのことをよく理解してくれた人たちもいます。



c0191992_401330.jpg

からだが弾む日本語
楠かつのり 著
朗読を「言葉のスポーツ」に
2002.9.6 <日本教育新聞>

 「声としての言葉を強く意識した存在として自らを『音声詩人』と呼ぶことにしている」という著者は、日本朗読ボクシング協会の代表である。朗読ボクシング協会では「詩のボクシング」トーナメント戦を全国的に展開し、全国各地にその輪を大きく広げつつある。

 「詩のボクシング」は、リング上で二人の朗読者が交互に自作を朗読し、自分の“声の言葉”をどちらがより観客に伝えたかを三分間で競う「言葉のスポーツ」「言葉の格闘技」である、と著者は言う。

 著者の書いた台本が役者によって演じられた折、「言葉を役者が身体に通すことによって、書き言葉が生きた言葉になることを体験していた」と語る著者は、「言葉は精神の問題である以上にはるかに身体の問題である。母語は、生まれながらの言語能力によって身体的に獲得されるのであって、理屈や理論によってではない」と確信するに至る。このように考える著者によって選ばれた『からだが弾む日本語』は、五章のパートにわたって「智恵子抄」「山のあなた」「ズンドコ節」「となりのトトロ」「雨ニモマケズ」など多彩な名品をちりばめ、簡潔な解説を付して読者をたえなる日本語に誘う。

 他に永六輔、阿川佐和子、養老孟司氏らとの日本語をめぐる対談を併載し、巻末では「詩のボクシング」への思いを熱く語っている。日本語再発見の好ガイドである。

(文庫版680円 宝島社)
野口芳宏・北海道教育大学非常勤講師)


by videoartist | 2012-12-27 11:00 | 2012年個人戦・団体戦全国大会

金曜フリースペース  高知から生まれる新文学 「声と言葉のボクシング」  
本県2チーム 全国で活躍
2012.12.21 高知新聞朝刊  (全3,212字) 


 「ファイッ!」、カーン。レフェリーの掛け声とゴングの音が鳴り響き、リングの上ではボクサーがにらみ合う…ことはなかった。白いマットで動き始めたのは、グローブをはめたボクサー2人ではなく、3人組。しかも詩の朗読だ。

 「声と言葉のボクシング」は、こうやって始まる。全国はもとより高知でも次第に人気を集めており、10月に横浜市で開催された全国大会では、本県代表チームの「昭和歌謡曲B面」が準優勝。もう一つの本県代表「秘密結社☆イデア」も奮闘した。日本朗読ボクシング協会代表で音声詩人の楠(くすのき)かつのりさんは「高知から新しい文学が生まれつつある」とまで言う。「声と言葉のボクシング」って、いったい何だろう。全国で活躍した2チームの様子をのぞいてみた。(笹島康仁)


  ▼「昭和歌謡曲B面」  「頑張りや」のエールを

 「昭和歌謡曲B面」は下尾仁さん(43)、嶋崎ユリカさん(41)、田村ちかさん(34)の3人組で、明るく元気なパフォーマンスが持ち味だ。昨年の全国大会もベスト8。今年は「勝てるとは思わんかった」が見事、全国2位に駆け上がった。

 3人が大切にするのは「伝わる、分かりやすいメッセージ」。全国大会で披露した「フレフレ自分」は、いじめられっ子や自信のない人を応援するメッセージだった。どんな内容だったのか。紙の新聞だけで「昭和―」のパフォーマンスを再現するのは難しいが、リング上の3人は会場をとりこにした。

 ゴングの後、嶋崎さんの「まったく…。なんでこんなにトロいのかしら」という言葉から、パフォーマンスは始まる。時には激烈なせりふで、時には本当に大きな声で3分間。

 リーダーの下尾さんは「ぼろくそに言うのは仲間やから。いじめやなくて『頑張りや』というメッセージ。本気で落ち込む人にはそういうこと言えん」と話す。伝えたいメッセージは「頑張れ」だ。

 そのために3人は体全体を使い、全力で表現する。「昭和―」のスタイルだ。「そこまでするか」と思ってしまうほど、全身全霊を傾けて大声を出す3人の姿に、観客は思わず笑い、いつの間にか引き込まれてしまう。

 下尾さんは話す。

 「最近、病んじゅう人多いろ? みんな忙しすぎるがやき。僕らはバカバカしいことでも一生懸命やりゆう。それを見て『あんな人もおるんか』って思って、元気になってもらえたら」

 3人は演劇の経験があり、リング上での朗読は寸劇のようでもある。「あんなん詩やない」と言われることもあるが、下尾さんにこだわりはない。

 「表現するという意味ではあまり変わらんと思う。とにかく3分間、何かしゃべったらいいかなって」

 嶋崎さんも「(このボクシングは)何をやっても許される。型にはまらない表現ができるのがいい」と言う。

 “詩”にとらわれない自由な表現は、全国でも十分に通じたようだ。


  ▼「秘密結社☆イデア」  「壁」越え心に触れたい

 「スー、ハー」

 「ラリナイ、ラリナイ」

 「スー、ハー」

 「ラリナイ、ラリナイ」

 深呼吸の音と呪文のような声。その上に詩の言葉が重なる。

 「休みの日に会社の前、通るときなぜか」

 「息止める」

 「お父さんとお母さんをみとって」

 全国大会に出場したもう一つの本県代表「秘密結社☆イデア」は、こんなパフォーマンスを繰り広げる。明るくて元気な「昭和歌謡曲B面」とは対照的に、どこか、うつうつとした朗読だ。

 メンバーは瀧村鴉樹(あき)さん(27)、青樹槐(えんじゅ)さん(25)、トミーさん(24)=いずれもペンネーム=の3人。伝えたいことを言葉ではなく、“音”にまで単純化する「音声詩」を取り入れた。言葉の背後を「スー、ハー」「ラリナイ、ラリナイ」が通奏低音のように流れる。

 トミーさんは「自分は周りと違うんじゃないかって、疎外感を抱いて生きてきた」と言う。

 リーダーの瀧村さんも同じだ。「感受性が強すぎて、日常生活の中でもつらいことが多い。同じように(自分は周りと違うと)感じている人も多いんやないかな」

 そんな“異邦人”たちの指針になれたら、との思いで3人は活動を続けてきた。結成は昨年9月。毎月末の土曜夜には、高知市帯屋町1丁目のアーケードで詩の朗読ライブを続けている。

 道行く人には冷たくあしらわれることが多い。「何をやりゆうがやろ?」と不思議そうな表情を見せる人、酒に酔って絡みに来る人…。でも瀧村さんは、意に介さない。

 「多くの通行人にとって、僕らはただの雑音でしかない。人は普段、見えない壁を作って生活する。何もかもキャッチすると心が壊れてしまうから、見えるものを単なる映像やノイズにする。でも、中には僕らの思いをキャッチしてくれる人もいる。どうやって壁を飛び越え、心に接触するかが課題なんです」

 「自分たちの詩は暗いと言われるけど、希望を読んでるつもり。ハスの花みたいな。しんどい、寂しいっていう泥の中でもがき、一生懸命上に向かって、やっと水面に顔を出す。呼吸ができて、花が咲く。ただきれい、ただ暗いじゃない」

 全国大会へ向けた8月の高知大会決勝で、「秘密結社―」は、後に全国2位となる「昭和―」を破って優勝した。両チームとも実力に差はない。


  《「昭和歌謡曲B面」の「フレフレ自分」(全文)》

 嶋崎 まったく…。なんでこんなにトロいのかしら。ほんとにもう。それに何よ、その服。超ださっ。こんなのと仲間だなんてほんと恥ずかしいわ。

 田村 …どうせ私はかわいくないし。

 下尾 まったく、お前トロいんだよ!

 田村 …どうせ私は何やったって下手だし。

 嶋崎 まったく、やってられないわ。

 下尾 どうする? メンバー変える?

 嶋崎 そうね。これじゃいいものを作れないわ。

 下尾 この、グズが!

 田村 …なんで私ばっかり、こんなこと言われなきゃいけないの? もう嫌だ…何もできない…。自分自身が嫌だ…。……(間が空く)。

 田村 フレー、フレー、じーぶーん。フレー、フレー、じーぶーん。

 下尾 あ?

 嶋崎 何ぶつぶつ言ってんの?

 田村 フレー、フレー、じーぶーん。フレー、フレー、じーぶーん。

 下尾 聞こえる?

 嶋崎 ううん。

 下尾 もっと大きな声出して言ってみろよ。

 嶋崎 もっとできるでしょ?

 田村 (立ち上がる)フレー、フレー、じーぶーん。フレー、フレー、じーぶーん。

 下尾 もっと、もっと出るだろ!

 嶋崎 できるわ!

 田村 フレー、フレー、じーぶーん! フレー、フレー、じーぶーん!

 下尾 そうだ! もっと! 出てるぞ! もっとー! もっとでっかい声が出るぞー! 出せー! もっと、もっと出せー!

 田村 フレー、フレー、じーぶーん! フレー、フレー、じーぶーん!

 下尾 そうだー!

 田村 これでいいの?

 嶋崎 そうよ、最高!

 田村 なんだかすごく声が出た。ちょー気持ちいい。

 嶋崎 そうよ!

 下尾 誰だって、誰だって秘めたエネルギーを持っている!

 嶋崎 自分の殻を破ることができるのは自分自身!

 田村 さあ、あなたにもできる!

 下尾 もっと、自信を持って!

 嶋崎 大丈夫。みんな受け止めてくれる!

 田村 できないことは何一つない!

 3人 あなたの魂が叫んでいる!


  《ズーム》

  ◆声と言葉のボクシング

 3人で行う団体朗読をボクシングに見立て、競技にした。ボクシングのリングにならったステージで、朗読者が交互に自作の詩を読む。どちらの朗読が心に届いたかを、観客が赤か青の札を掲げて判定する。主催は日本朗読ボクシング協会(横浜)。1997年から個人戦「詩のボクシング」を始め、2009年からは団体戦の「声と言葉の―」を開催している。


by videoartist | 2012-12-21 20:00 | 2012年個人戦・団体戦全国大会