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「詩のボクシング」の原点に触れた原稿を掲載した『詩のボクシング 声の力』(1999年に東京書籍から出版され2005年に絶版)を目次に従って少しずつkindle出版で復刻します。

収録されていた原稿は、下記の雑誌に掲載されたものです。

第1章 
雑誌「世界」(岩波書店)1999年2月号「詩のボクシング」と「音声詩」の試み
雑誌「群像」(講談社)1999年5月号「詩のボクシング」山形決戦

第2章 
雑誌「すばる」(集英社)1998年5月号「詩と身体性」

第3章 
雑誌「現代詩手帖」(思潮社)1998年2月号~9月号
「朗読私論/音声のみの詩の成立に向けて」

この復刻により「詩のボクシング」がどのように誕生したのか、そして何を目指そうとしていたのか、その原点の姿を知ってもらいたいと思います。

他にもさまざまなメディアで取上げられたにもかかわらず知られていない「詩のボクシング」に関係する文章をkindle出版します。

また、ブログなどに書いた下記文章なども含まれます。

今や「詩のボクシング」と現代詩は出発点は同じ詩=ポエジーではあるが表現メディアとしてはまったく無縁であるのに、詩という言葉あるがために関係づけて語る人がいます。そこには声の言葉によって新たな表現を発見する場である「詩のボクシング」が積み重ねてきた実験ともいえる歴史を踏まえないために身勝手な誤解が多々あるように感じています。

ところで、わたしが現代詩状況に失望し始めたのは、詩が知識によって書かれるようになったことと知識によってのみの詩批評しか成り立たなくなったところに原因があります。その結果として、批評性もなく互いを褒め合うなれ合いが(内省もなく)行われようになりました。そういったこともありますが、実のところ世間的評価を気にするがゆえに保守的になり過ぎて面白みがなくなったことに失望したといった方がよいかもしれません。それよりも、たとえ孤立無援であったとしても、どのような批判を浴びるとしても詩を外へと連れ出し、新たな世界を発見する実験をメディア(詩は文字として紙に留まっているものでは決してありません。その大本は声としてあったのですですから)を変えてでも継続的に行わなくてはならないとわたしは考えています。

好みによるといわれればそれまでかもしれませんが、わたしは詩が言葉の先端を行くとすれば、それは尖っていなくてはならないと思います。その尖ったするどい言葉が、自分の心が得体の知れないものに包み込まれ、それがやがて圧力を増して息苦しさを感じさせるようになる、その得体の知れない息苦しさを突き破り、至福をもたらしてくれるもの、そういった力を持ったものが詩ではないかと思っているからです

吉本隆明さんが、「悪人正機」(話し手:吉本隆明、聞き手:糸井重里)の中で言っていることに同意できることが多々あります。

「僕があんまり詩を書かなくなっちゃったことを正当化する理由があってね。詩の世界って、たくさん賞があるんです。もういろいろあってさ。で、他のジャンルではそんなことはなにんだろうけど、選者が自分たちでもらっちゃうんだよ。かわりばんこみたいにして。賞をあげたら、この人には励みになるっていう人にはやらねえで、てめえたちが勝手にもらっちゃう。そんな貧しさが、イヤになった理由のひとつなんです」

この指摘にも現代詩の身内主義的な閉塞感が表れています。

続けて吉本さんは、

「あと、やっぱり、銭をとれないってことが悪い意味で作用していますね。たとえ銭を取れなくてもいいものを書くっていうならいいけどさ。それがいい加減なものを書くことにつながっちゃうのが、もうひとつの理由ですね」

と言っています。この「いい加減なものを書くことにつながっちゃう」ことにも現代詩の閉塞感を生み出している大きな原因があると思います。

実は、吉本さんが言っていることと同じようなことを拙著「詩のボクシング 声の力」(1999年刊)に書いています。

ちなみに、「詩のボクシング」の出発点では、身内主義的な閉塞感を打破するためにいろいろな人が参加できる風通しのよい場を作ることに主眼を置きました。つまり、同じ人が集まるだけの場にしたくはないということです。

ですから、「詩のボクシング」の地方大会での募集で同じ人しか応募参加しなくなった時、それは仲間だけで楽しむカラオケ状態になってしまいかねないことでもあるので、「そうなれば『詩のボクシング』を止める」と公言もしています。(ちなみに2015年9月12日にバロー文化ホールで行われた岐阜大会では3分の2以上が初めての応募者でした。今のところまだ大丈夫です。)

吉本さんも、「同質の者が集まって作る世界は傷つくこともなく快適ですが、先が閉じています。発展して行く余地がないのです。いくら立派な理由があって作った集団でも、始末におえないものになってしまう恐れがあります」と言っていますが、わたしもその通りだと思います。







by videoartist | 2015-10-17 11:50
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362円で購入できます。
この本は、2011年10月22日に東京のイイノホールで開催された第11回「詩のボクシング」全国大会のすべての進行と朗読ボクサーの全作品の記録集です。いつもの声の場とは異なった醍醐味を味わっていただけることでしょう。

この全国大会には、同年3月11日に起きた東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼で開催された大会からの出場者もおります。

また、プロのミュージシャン二人、なぎら健壱さんとサンプラザ中野くんの参加もありました。

「詩のボクシング」とは、二人の朗読ボクサーが交互に3分の制限時間内で自作朗読をし、どちらの声と言葉が聴き手の心により届いたかをジャッジ判定によって競い日本朗読王(日本ライト級チャンピオン)を決める第11回「詩のボクシング」個人戦・全国大会の記録集です。

「詩のボクシング」は、1997年に音声詩人・映像作家の楠かつのりが始め、1999年から一般参加によるトーナメントも行われるようになりました。この一般参加によるトーナメントは、全国各地(教育現場も含む)で行われ、2001年に初の全国大会が開催されました。そして、2011年に11回目となる全国大会を迎えました。

「詩のボクシング」については、この15年間で数多くのメディアで取り上げられましたが、今回の本のように全国大会の内容のすべてを書き起こしたものはこれまでにありません。

出場選手14人:[前期]全国大会準優勝者、オオタニ選手。第3回ワークショップ型秋田大会代表、畠山智子選手。第8回香川大会特別選出、木村恵美選手。第9回北海道大会代表、浦田俊哉選手。協会特別枠、なぎら健壱選手。第9回高知大会代表、小川ゆとり選手。宮城県気仙沼大会代表、及川良子選手。[前期]全国大会優勝者、佐藤萌里選手。第7回神奈川大会代表、土屋貴央選手。協会特別枠、サンプラザ中野くん選手。第4回長崎大会代表、村上昌子選手。第10回兵庫大会代表、尾花哲也選手。敗者復活特別枠の一人目、馬場めぐみ選手、二人目は鈴木マサタケ選手。

[ジャッジ三人制]
全国大会ゲストジャッジ:やくみつる、中村うさぎ
観客ジャッジ:会場の観客全員

編著者:楠かつのり(日本朗読ボクシング協会代表)

by videoartist | 2015-10-02 14:30 | 「詩のボクシング」